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雑誌メモ:『日経ビジネスアソシエ 2010 12/21号』 サバイバル英語術

サバイバル 英語術 日経ビジネス Associe (アソシエ) 2010年 12/21号 [雑誌]サバイバル 英語術 日経ビジネス Associe (アソシエ) 2010年 12/21号 [雑誌]

日経BP社 2010-12-07
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アソシエの英語特集。

楽天に聞く「英語公用語化」の24の疑問
という記事が僕の中では非常に面白かった。

日本企業が英語を社内公用語にする、
そのニュースが流れたときには、
ほんとにできるのだろうか?
うちの会社では無理かなあ?なんていう感想を抱いた。
果たしてその後どうなっているのか?
今回の記事では少しそのあたりが垣間見れる。

楽天の回答者が人事の方なので、
もちろんポジティブなことを言わざるを得ない立場だと思うし、
だからほんとにほんとのところはわからないながら、
楽天社内ではわりとポジティブに英語と向き合う姿がみえてくる。
自分も英語をがんばろうと思うけれど、
個人の力で取り組み続けるのは結構つらい。
組織として使わざるを得ない状況っていうのは、
学習効果は高いんだろうなあ、と思うとちょっとうらやましい。

それ以外に気になった記事はやっぱり学習法。
音読、をオススメする記事があったが、
この方法は試してみようと思った。

電話とかメールについてのアドバイスも掲載されているが、
こちらはほんとに一口情報な感じがして、
ちょっといらないかなと思ってしまった。
特集するならがっちりやってほしいかな、と。

ちなみに今号の特集で、
週末活性化計画
っていうものも何気に参考になった。
ここ数カ月、週末なんてない生活を送っている僕にとって、
やっぱり週末のリフレッシュは大切だよな、と思わされた。

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コメント

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2010年12月18日 (土) 11時34分

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